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クルーズガイド体験記

今春、3月20日から12日間、北米の乗客を乗せたクルーズ船に同乗、新潟,金沢,松江,萩,長崎、別府,宮島,広島,高松,岡山,倉敷,姫路,神戸を巡った。車椅子の高齢者も参加されているが,一旦船に乗れば,荷物を運ぶ心配や長時間のバスや列車の移動もなく,夜睡眠中に次の目的地に到着、朝船を降りてその土地の名所を訪れる。
 
宮島の上陸はすごかった。宮島沖に碇泊した船からゾディアックと呼ばれる10人乗りのゴムボートで潮風を切って進んで5分、砂浜に飛び下りる。40人を1グループとして、ヘッドセットで私の案内の音声を流しながら、厳島神社へと歩く。鹿の歓迎、青空と丁度満潮の鳥居を背景にした蘭陵王の舞楽、もみじ饅頭、焼き牡蠣の香り。「貴女は何て素晴らしい所に住んでいるの!」と客人の言葉。「そうでしょう」と鼻高々の私。これまで案内をさせていただいた方々の中にも宮島を気に入り再訪して下さった方も数多い。
 
午後は広島港に入港。それまでの訪問地では、いろいろな歓迎行事があった。和太鼓、安来節、ハンドベル,ブラスバンド演奏、後日高松では讃岐うどんのご接待。広島港では何も歓迎行事がない。これはどうにかしなくてはと、仲間に連絡、船上で着物の着付け教室を開催した。2人の若い米人女性スタッフと船客の男性の3名をモデルに手際のよい着付け。鮮やかな振りそで、刺繍の豪華な留袖、羽織袴。不安そうな3人が着付け完了時の満面の笑み。
 
それからの訪問地では、中古の着物を買うことが大ブームになった。倉敷ではバスの駐車場で、買い求めた中古の着物の自慢大会。今後もクルーズの入港は増えることだろう。何か広島らしい歓迎行事ができないものかと思案している。

まちの魅力・キラリと光るひと

前回、通訳ガイドの仕事で日本各地を巡ると書きましたが、2005年の春の体験談をひろしま通訳・ガイド協会 (HIGA)のニュースレターに掲載したものを再録します。

今春3月から、4月初旬にかけて印象的な就業体験をした。ひとつはJNTO(国際観光振興機構)の招聘プログラムで来日の米旅行会社副社長に同行、日本各地の行政の観光担当者の接遇を受ける、通訳的な要素の強い仕事である。毎年何本か日本でのクルーズ催行実績のある会社の副社長に、「我が港に寄港を」と関係者はセールスに躍起である。訪問地は青森、鎌倉、熱海、伊勢志摩、名古屋、京都、大阪、岡山、徳島、高知、松山。どういうわけか広島は今回入っていない。

最初の訪問地、青森県の官民一体での熱烈歓迎が忘れられない。市長の歓迎スピーチ、郷土料理とねぶた囃子の演奏で有名な居酒屋での歓迎会、有名な津軽三味線奏者の生演奏、店のスタッフ総出のねぶた囃子にあわせて、跳人(はねと)のステップを体験。地酒「田酒(でんしゅ)」のまわりもはやい。

次の日訪問した三内丸山遺跡のすぐそばに数年前開館したミュージアム「縄文時遊館」。英文の展示も充実しており、古代史、遺跡に関心のある人には魅力的な訪問箇所となるだろう。

鎌倉では精進料理の「鉢の木」が素晴らしい。畳の上に緋毛氈を敷き,その上に漆塗りのテーブルと椅子を設えるという欧米人用の対応をしていただく。什器は朱の漆塗り。鎌倉の老舗ということで、経営者の藤川氏も、日本料理の歴史に詳しい。醤油が出来たのは、鎌倉時代末期、北条氏の頃など「へぇ!」の連続。

大阪では世界遺産に指定され、注目を浴びている文楽を観劇する可能性を探るべく「国立文楽劇場」を訪問。「海遊館」は評判は聞いており、訪問を願っていた箇所である。イヤホーンガイドがとてもよく出来ており,水槽に近付くと自然に音声が流れてくる。段差がなく、ゆるやかなスロープを歩いているうちに展示を見ることができる。英語もわかりやすく、特に「くらげ」の種類、色彩の多様さが他に例を見ない。

岡山では備前焼の窯元を何軒か訪れた後、「閑谷学校」を視察。さすが国宝と感じさせる建物で屋根瓦は備前焼。孔子廟を一段高い所に望む教室で、教育委員会の案内担当者が訪問者を生徒に見立てて、論語の一節を復唱させる。学びたいという熱い思いの満ち溢れれていた時代にタイムスリップする感じ。

高知県「県立牧野植物園」今回の視察旅行で、訪問できてラッキーと思えた施設の一つである。土佐出身の植物分類学者 牧野富太郎氏の偉業を記念するため創立された。園内の植物展示はいうまでもなく、博士の生涯についての展示も興味深く、年数回開催される特別展も独自の視点が素晴らしい。ミュージアムショップの品揃えも,博士のお好きだった百合根のはいった羊羹とか面白いものが多い。英語の記述もとてもよく出来ている。「県立坂本龍馬記念館」案内をしてくださったMs前田の言葉の的確なこと。魅力的な案内で、クルーズ船が高知に入港することがあれば、彼女とAkiko-sanがペアでガイドをするべきだと客人に言っていただいた。

このツアーの直後に,27回来日経験のある日系米人の旅行会社社長とそのご友人20名のガイドに就業した。究極日本探究ツアーとも言えるもので、その訪問地は、巌流島、姫路城、大石内蔵助屋敷跡、有松絞体験(愛知県)、清水次郎長生家(静岡県)、伊豆でイチゴ狩りなど。その社長がおっしゃる。「日本のたいていのところは見ました。何か新しいデスティネーションの情報が欲しい。神社、仏閣、城、庭以外に何かないの?」そこで、前述の体験談を英文書面にしてお渡しすると、非常に喜んで下さった。

思うに、魅力的な訪問箇所に2つの共通点がある。「訪れる人に何を見せたいか」というコンセプトがはっきりして、国際客への対応(バリアフリー施設・英文表示など)がなされていることと、もう一つはその場所をよく知り、愛し、その魅力を多くの人に伝えたいという情熱を持った人間がいるーということだと気付く。

広島でも、クルーズ誘致にようやく本格的取り組みが始まっているようだ。平和公園・宮島は初めて広島を訪れる方には十二分に見応えがあるものだが、二度三度とこの地を訪れていただくために、新しいデスティネーションの発掘、また既存のものでも、違った切り口で見ていただく提示の仕方への工夫が必要だろう。HIGAの学習会、研修会での私たちの取り組みは、そのニーズへの対応に大きく貢献するものだと信じている。

ひろしまーキラリと光る人々のまちー

ひろしま通訳・ガイド協会(頭文字をとってHIGA)事務局長の古谷です。広島大学の英文科を30数年前に卒業し、英語教師を数年つとめた後、通訳ガイドの仕事に就きました。日本を訪れる国際客の案内をして、20数年。ここ数年は、2010年までに日本を訪れる国際客を1000万人にしようという、小泉首相主導のビジットジャパンキャンペーンなどの流れもあり、海外のトラベルエージェントの社長などに同行,日本各地を巡ることもあります。訪日客に魅力的な場所とは何かーこれはとりもなおさず、その土地に住む人にとっても魅力的な町作りにつながると思うのですが、このテーマを追い続けています。

 2月に「子育て」について話す機会がありました。そのことを親しい友人に言いましたら、「何よそれ、殆ど母親に育てさせて,仕事をしていた貴女がね、そんな資格あるの」と言われて、その通りなので言い返せませんでした。中高等学校の英語教師を経て、通訳ガイドの仕事に就くまで、専業主婦であったのは2年足らずで、その間は子育てだけの人生は嫌と、イライラする毎日でした。幸い通訳ガイドの国家試験に合格し、この資格を使いたいなと考えていたところに,大手のトラベルエージェントの東京本社からオファーがあり通訳ガイドの仕事を始めました。
 
 この仕事のよいところは、自分で働く時間を調整できることです。依頼があれば、殆ど断らず、年間150日以上働きました。しかし,お正月と夏休みだけは子供たち中心の時間を過ごし、特に夏は海か山で思いっきり自然に触れる時間を持つよう心掛けました。それ以外は、同居する両親に全幅の信頼を置いて、子育てをまかせました。私が家にいるときはテレビ番組とテレビゲームは両方で1日1時間と厳しく言いました。私がツアーで出張するときは,息子たちは寂しがるどころか「やった〜、テレビがいっぱい見れる」と喜んだそうです。18歳で結婚し、ずっと専業主婦の人生を送っていた当時40代半ばの私の実母は、「外で働くという自分が出来なかったことに元気で取組む娘を支えて、孫たちが大きくなるのをそばで見ることが出来たのが人生最大の喜びだった」と言います。

 そのような支えがありましたから、心おきなく仕事をすることが出来ましたし、世界各国の方々とのコミュニケーションから体験した、興味深い話を食卓でできることも私の自慢でした。カナダの若いご夫婦が、子供を3人連れて,広島にこられたとき、二人とも医師であるカップルのご主人が、家事は全部自分がやる,妻には子供たちとゆったりと触れあう時間を取ってほしいからと聞いたときは、鬼の首を取った気分で、夕食の時語りました。15年後、この話しは思いもかけない形で、フィードバックされることになるのですが。大学入試の準備に集中せず,バンドの楽器演奏にうつつをぬかす息子にある日、私の怒りが爆発しました。「このままで,貴方は将来どうするつもりなの!」息子は涼しい顔で言ったのです。「僕、キャリアウーマンと結婚して、ハウスハズバンドになる。彼女が仕事から疲れて帰って来たら、僕が料理をする、ギターを弾いて歌を歌う。僕、料理もうまいし、顔もええし。」といけしゃあしゃあと言うのです。
 
 今、振り返って考えるのは,世界には色々な価値観がある、こうでないといけないという固定観念から解き放ってくれた通訳ガイドの仕事は子育てにとても役立ったということです。と言うことで、「子育て」を語るには少々面映い私ですが、英語教師として触れた若者たち、通訳ガイドの仲間たちを育てる、あるいは彼等とのふれあいで,私が育てられたと思える経験をお話しできればと思います。英語のクラスで初めて接する学生に私は言います。英語で自己紹介をして下さい。最初の1分間で聞いている相手をニコッとさせるのが秘けつ。
 
 例えば私は古谷章子、名前(given name)の子は日本の私の年代では60%が子で終わる。あきは私が秋に生まれたから。11月3日が誕生日ということは言いますが,それが何年かは、日本のTop secret(最高機密)と言うと、よほどつむじ曲がりでない国際客は笑って下さいます。で,学生に自分の名前の言われ,両親あるいは、おじいさんおばあさんが、どんな思いでその名を付けたか知っている人と聞いて、即答できるのは30人に1人くらい。次の週までに尋ねておいでというと、結構新鮮な会話が出来るようで、面白い発表を次週に聞くことができます。

 また、欧米、特にイギリス、オーストラリア、ニュージーランド人,アメリカのインテリは植物や,動物の名を尋ねたがる。英語で花の名を言ってごらんというと、せいぜい百合,バラ、チューリップ程度。そこで宿題。学校と家の通学路に目にすることの出来る花、樹木の名を日本語と英語の両方で調べていらっしゃい。そして、その語の入った文章を発表。例えば、「家の庭の樹齢50年の松の木は、祖父が植えたものだ。」とか「梅の香りが近所の庭から漂う。」とかいったように。「宮島の大鳥居は楠で出来ていて、1875年に建てられた8代目」だとか、「動員学徒慰霊塔の平和の女神が手に持っている枝は、きょうちくとうです。」−この作業も学生が身をのり出して来ます。

 子育てで大切なのは,その人の中にある,好奇心や興味に刺激を与えて、自分で何かを作り上げる喜びを持たせることだと思います。そして、五感を研ぎすます体験も必要だと思います。大人で言えば、茶道の体験が端的な例ですが、一期一会の精神でもてなす側−亭主という言葉を使うと思いますが、お客さまに最高の時間を過ごしてもらうために、茶室に入るとお香の香りがして、お湯の湧く音を耳にし、茶花と掛け軸で目を楽しませ、出された季節感あるいは、その会にゆかりのあるお菓子を楽しんだ後、茶碗の手触りを楽しみ馥郁(ふくいく)と香る抹茶をいただく。子供にお茶会は無理かもしれません。私はパン造りを子供たちと楽しみました。材料の分量を自分ではからせ、混ぜ、こね、ボールの中で打ち付ける音を聞く、成形をさせ、これはまるで粘土細工、発酵をして膨れるのを見る不思議さ、楽しさ、きつね色に焼き上がっていい香りがオーブンから漂う、もちろんアツアツを試食。テレビゲームの敵をやっつけるとか、いろいろな障害をクリアーして、高いステージに行くのも面白いかもしれませんが、目を血走らせて、小さな箱に心を吸い取られている風は、あまりいい景色ではないように思います。

 最初に述べた私の実母のようなおばあちゃんパワー、おじいちゃんパワーを活用するしくみが出来たらよいなと思います。私も母のようには出来ませんが、5歳の孫のコミュニケーション能力の発達によいと思える、ゲームを楽しんでいます。それはしりとりです。しりとり−りんご—ごまのように続けるゲームです。最近日本語の言葉にはラリルレロの音で始まるものが少ないと気付いて敵は(孫ですが)、海外の地名を入れるようになりました。ローマとかリオデジャネイロとかロサンジェルス、冬期オリンピックの頃はトリノがお気に入りでした。これは結構おススメです。

 私がいままで仲人をさせていただいた若い女性から、相談を受けることがあります。夫の帰りが遅く、仕事で疲れて子供の面倒も見てくれない、口うるさい舅姑と同居で、息がつまりそう、このまま結婚生活を続けて行く自信がない。そんな時,私は言います。疲れている夫は、何を言っても無駄、ほっておいて休ませる。口うるさい義理の両親には、全幅の信頼を置いて子守りを任せきる時間を作る。「甘いものを食べさせて虫歯が出来るとか、テレビばかり見せる」と気をもまない。子供が違う価値観で、のびのび(厳しい母親からすると,だらだらかもしれないけれど)する時間を作る。子供の母親,夫の妻であることから、自分を自由にしてキラリと光るものを持つために時間を使う。現実はそんなに甘いものじゃないと言う方もあるでしょう。でも眉間にしわをよせて、憂鬱そうな母親よりも、家にいない時間があっても、面白い話をいっぱい持って帰ってくる笑顔のパワフル母さんの方が、私はよいと思いますが...。どうでしょうか?

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