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“地域主権”への抵抗感

● 私は、中央省庁の再編・統合にあわせて、さらなる地方分権を進めるべきだと考えます。その一方、道州制ビジョン懇談会中間報告で使用され、民主党の政権公約でうたわれた「地域主権」という言葉には、なかなか馴染めません(最近の報道によると、総務省に「地域主権室」(仮称)を設置するということです)。

● もっと以前には「地方主権」という言葉がありました。行革国民会議は1989年11月に地方主権研究会を設置しています。1993年には『連邦制のすすめ─地方分権から地方主権へ─』を出版しました。メンバーは、島根県知事を辞められてまもない恒松制治氏、行革国民会議の並河信乃氏、松原聡氏など。

● その後、1996年にはPHP研究所が主宰する研究会が『日本再編計画―無税国家への道─』を発表しました。メンバーは、斎藤精一郎、本間正明、黒川和美、跡田直澄、齊藤愼らの錚々たる研究者に加えて、当時はPHP研究所副社長の江口克彦氏(道州制ビジョン懇談会座長)。同著では「地域主権」のもとで「州府制」を導入することが提唱されました。

■ そんななか1990年代半ばごろのことです。私は、地方シンクタンクの研究員として国や地方自治体の委託調査に携わっていました。ある報告書のなかで「地方主権の進展に対応して行政体制を整備すべき」といった主旨の文章を書いたところ、委託元の担当者から「個人の文章で使うのならともかく、この種の表現を県や市の報告書で使用するのは望ましくない」と指摘されました。「普及していないし、フランス革命の理念や日本国憲法に照らしておかしいから」というすこぶる真っ当な理由です。

● 前著では「主権という言葉を社会における個人の人格権というように解釈すれば、国家主権と呼ばれると同じように地方主権が主張されることも不可解なことではない」とされています。後著では「地域が統治の主体として自己決定し、さらに他地域と“善政競争”をしていく姿」とあります。これらの字面だけみていると、それほど抵抗なく受け容れられそうです。とはいえ、「地方主権」あるいは「地域主権」というのは「民族自決」self-determinationに匹敵する含意を持つのか、ましてや“sovereign power”のことを意味しているのか、あるいは財政の担保があるのかと問われると、途端に自信がなくなります。

● 私の場合は、かつての体験がいわば心的外傷になっていることも影響していると思います。いまなおもやもやが晴れないでいたところ、地方自治体の首長のなかに「地方主権」「地域主権」という言葉を使いたがる人が多いのは「勘繰れば“住民主権”とは言いたくないのが本音だと思われる」(『日経グローカル』2009年9月7日号)という日本経済新聞社の中西晴史氏の指摘は明快でした。